【VR避難訓練】従来の避難訓練との相違点と企業・自治体の取組事例を紹介

地震大国とも呼ばれる日本ですが、ほかの先進国に比べると個人レベルの防災対策は不十分ともいわれています。地震に限らず災害が多発する近年は、防災意識の醸成が重視されつつあります。 2022年2月に新潟で発生した菓子工場の火災は、多くの方にとって記憶に新しい出来事でしょう。各報道では、4人の死者を出すほど被害が拡大した理由として、消火器の設置場所の不備や火災報知器の作動不良など防災意識の低さが指摘されています。 こうした命にかかわる事故・事件を未然に防ぐためには、ひとりひとりが高い防災意識をもつことが重要です。本記事では、防災意識の向上に役立つVR避難訓練の意義について、事例を絡めて解説します。

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防災意識の向上につながるVR避難訓練

南海トラフ地震や首都直下地震など、今後発生が予測されている巨大な災害に備えるためにも、現在、人々の防災意識の向上が求められています。そこで、防災意識の醸成に役立つのが、VR映像を活用した避難訓練です。

学校や職場、地域などで定期的に実施されている避難訓練を、あえてVR技術を用いて行う理由として、3つのメリットがあげられます。

現実的な災害状況を疑似体験できる

従来の避難訓練は基本的に一度にひとつの災害を想定して行います。複数の要素が絡むとしても、「地震が発生したことで、理科室or家庭科室で火災が発生した」程度に過ぎません。

一方、VR避難訓練であれば、一度にさまざまな災害を疑似体験できるメリットがあります。同じく地震が原因で起きた火災を想定した場合でも、学校の教室から離れた理科室で起きた火災と目の前の電子機器がショートして発生した火災とでは、状況が異なります。VRであれば、より緊迫した状況をリアルな映像で体験することが可能です。

小学校の避難訓練のように、火災発生地点から距離があれば、行動は「火や煙が回ってくる前に避難する」ことのみに絞られるでしょう。しかし、地震発生直後に目の前で火災が発生した場合は消火すべきか、急いで避難するべきか、どのルートで避難すべきかなど、多くの判断や行動が求められます。

VR避難訓練は、このような緊迫感を味わってもらうために、リアリティを追求した内容となっているのが最大の特徴です。ゲーム要素の強い映像では体験者に緊張感を与えないため、意味を成しません。実際の風景を取り込んで火災や家具の横転など、よりリアルな映像を作り、体験してもらうことで、はじめて意味が生まれます。

警備員など、実際に現場で人命を預かる立場にある人は、ゲーム的な映像による避難訓練に高い効果を感じることはありません。実際の風景を取り込んだVR避難訓練を実施して、現地での行動シミュレーションにつなげる必要があるためです。

施設の種類や時間帯が制限されない

避難訓練は、消防法によって年1~2回実施することが義務付けられています。詳しい回数や訓練内容は施設や事業の種類などによって異なりつつも、最低年1回は実施しなくてはなりません。

一方で、現実的に考えると施設の規模や利用者数によって、できる避難訓練の範囲に限界が生じるものです。被害を最小限に抑えるために効果的な避難訓練を行おうと思っても、病院や商業施設のように実現が困難なケースは少なくないでしょう。

そのように制限がかかりやすい施設でも、VR空間を活用すれば求めるレベルの避難訓練を実施可能です。VR映像であれば災害状況だけではなく時間帯も自由に設定できるため、昼間に夜間を想定した訓練や、夜間に昼間を想定した訓練を実施できます。

すでにVR避難訓練を導入している企業・団体では、夜間(夜景)による実施のニーズが高い傾向にあります。建物内が暗く、非常灯のみがついている状況は、普段勤務している職場や利用している施設であっても、多くの人が見慣れないものです。

一度訓練で災害時の非常照明に切り替わった状態を経験しておくと、実際に被災したときに適切な行動をとりやすくなります。

遠隔地から参加できる

VR映像は、専用端末さえあれば、遠隔地でも参加できるのが大きなメリットです。参加者は自分の好きなタイミングで、手持ちの端末からVR映像を視聴しつつ避難訓練を体験できます。

遠隔地でVR避難訓練を実施するときは、事前にオフィスを撮影しておき、バーチャルオフィスの中でさまざまな災害を発生させます。参加者がVR映像の中でアバターを操作して、実際のオフィスと同じ間取りの中で訓練を体験する仕組みです。

企業・自治体におけるVR避難訓練の取組事例

全国各地には、すでにVR避難訓練へ取り組んでいる企業・自治体が複数存在します。ここでは一部の例として、企業・自治体のVR避難訓練への取り組みを3つ紹介します。

大分県

大分県は、県民の防災意識の醸成および避難行動の向上を目的とした「おおいた防災VR」を制作・提供しています。2020年10月に地震編、津波編、土砂災害編の3編を運用開始し、更に2021年には洪水・浸水害編、台風編の2編が加わりました。

動画は、県内で各災害が発生するリスクの解説から始まり、さまざまな場面での災害発生時の様子を表す映像が展開され、最後に防災対策のアドバイスで終わります。たとえば地震編は災害発生時の様子を、路上、商業施設内、自宅内と複数の場面に切り替えつつ表示しています。

複数の場面を表示することで、おおいた防災VRを視聴したユーザーは、自身の日常生活シーンに照らし合わせながら被災時の状況をイメージできる仕組みです。動画は誰でも自由に視聴できるよう、動画共有サイトにアップロードされています。また、学校などの団体が避難訓練時に使用する場合はHMDやDVDを借りることも可能です。

大和ライフネクスト

大和ライフネクストは、「次世代型マンション消防訓練」と称してVR映像による防災サービスを住人へ提供しています。訓練に使用される映像は横浜市消防局監修のもと制作されており、あらかじめ配布された広報文のQRコードからアクセスするだけで視聴できる手軽さが特徴です。

住人は、昼夜問わず自由なタイミングで避難訓練に参加できます。避難訓練への参加意欲はありつつも、「参加したいが仕事がある」「子どもの習い事を休ませたくない」などの理由で、これまで参加できなかった層に避難訓練の機会を提供できるのが大きなメリットです。

避難訓練への参加率および、管理組合全体の消防力を向上させる画期的な取り組みとして評価されています。

日建設計

日建設計は、2020年と2021年に東京本社ビルにて3D映像を活用した避難訓練を実施しています。訓練の規模は、50~100人にもおよびました。

避難訓練は、それぞれが自身でアバターを操作して災害を体験するという内容です。参加者は操作するアバターは火災箇所を避けながら、ゴールである非常口を目指します。同時に複数人が訓練に参加できるよう、VRゴーグルではなくスマホやパソコン画面で体験できる仕様です。

訓練に使用されたのは、リモート下での避難訓練を実施するために日建設計と弊社(株式会社ジオクリエイツ)で共同開発したVRツールです。参加者はそれぞれオフィスの異なる席からスタートするため、より臨場感のある避難訓練を体験できます。

【VR避難訓練】定量的な避難経路分析が可能

VR避難訓練のメリットは、参加者に臨場感のある体験を提供するだけではありません。訓練開催者の視点では、定量的に避難経路を分析できる点が大きなメリットといえます。

避難訓練時に各ユーザーが何を見て異変や危険性に気付き、どのように避難したのか記録を残せます。たとえば特定の位置で迷う参加者が多かった場合は、誘導灯などの位置を検討する必要があります。

VR空間であれば、誘導灯の位置は容易に変更可能です。複数のレイアウトを作成してABテストを繰り返し行うと、もっとも視認性が高い誘導灯の配置を見出せます。

また、消防法も加味しつつ、誘導灯と家具の位置関係を議論できるのもVR避難訓練ならではのメリットです。設計段階の建物であれば、通路幅の変更なども視野に入れられます。

建設済みの建物なら、従来どおり現地で避難訓練することも可能ですが、効果的な避難経路分析につながるとは限りません。記憶に多少残ったとしても、正確なデータが取れていなければ具体的な改善策の提案は困難です。

VR避難訓練を活用することで、漠然とした部分を定量的なデータとして明確に残し、役立てられるようになります。

まとめ 

現地の風景を取り込み、リアリティのあるVR映像で行う避難訓練は、施設オーナーやスタッフ、警備員など、お客様の避難をサポートする側の教育に役立ちます。もちろん、施設利用者に体験してもらうことで、災害発生時の混乱や二次災害の被害抑制も期待できます。

VR避難訓練は建物の規模、会場と参加者の距離、一度に体験できる災害の種類など、従来の避難訓練でネックになっていた制限を取り払えるメリットもあります。訓練を繰り返し実施してデータ収集を行えば、効率のよい避難経路の発見も期待できます。

今後発生するといわれている各災害の被害や損失を最小限に抑えるためにも、VR避難訓練を検討してみてはいかがでしょうか。