空間デザインにアイトラッキングリサーチが必要な理由と活用方法を紹介

空間デザインの評価では、アイトラッキング調査(リサーチ)が活かされることが増えていきました。アイトラッキング(視線計測)とは、調査対象の視線の動きを計測することです。VR用ヘッドギアでは主に赤外線カメラと赤外線LEDライトを組み合わせて行う角膜反射法が利用されています。 本記事では、空間デザインにおいてアイトラッキング調査(リサーチ)がなぜ必要なのか、その理由と今後期待される活用方法を紹介します。

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空間デザインのリサーチにアイトラッキングを用いる意味

ユーザビリティを重視した空間デザインを行うためには、アイトラッキングによるリサーチが必要不可欠です。アイトラッキングはユーザー側の視点で製品やサービスの質を評価できるメリットがあり、そこに開発者視点だけでは得られない「気付き」が隠れています。

アイトラッキングを用いたリサーチ結果が、UI(ユーザーインターフェース)を考えるうえで重要な情報源となる例は、空間デザインに限らずさまざまな業種であげられます。

身近な例をあげると、大手飲料メーカーが自動販売機における缶コーヒーの売上を向上させたのも、アイトラッカーを使用したユーザーの視線計測でした。

それまで「ユーザーは自動販売機の左上からZの字を描くように視線を動かす」という通説が信じられてきました。しかし実際に調査したところ、ユーザーは自動販売機の左下を真っ先に見るという、通説とはまったく異なる結果が出たのです。

大手飲料メーカーは調査結果に基づき、売れ筋商品の缶コーヒーを自動販売機の左下へ配置したところ、売上の向上につながりました。 このように、ユーザーが実際に「どこを」「どのくらいの時間」「どのような順番で」見ているのかは、生身の人間で調査してみなければわかりません。

空間デザインにおいても、業界の常識として浸透していた通説が、実は時代やユーザーの行動に合っていない可能性があります。飲料メーカーの例のように、アイトラッキングによるリサーチを行うことで、開発者側が想定するユーザーの行動パターンと実態との差異を見つけることにつながります。

空間デザインにアイトラッキング調査(リサーチ)が注目される理由

空間デザインの現場でも、アイトラッキング調査が注目されています。アイトラッキング調査はユーザーの「目の動き=視線」を定量的に調査できるためです。アイトラッカーによってユーザーが「どこを」「何を」「どの程度」見ていたかを測定すると、見るという行動のプロセスや理由が可視化されます。

店頭レイアウトなどの販促活動や店舗設計などの建築分野でも、ユーザーの視線の動きを可視化するアイトラッキング調査が応用されています。

ユーザーの視線がどのように動くか、設計者の経験や知識に頼らざるを得なかった従来の空間デザインでは、UI/UXが漠然としていました。エンドユーザーではなくデベロッパーの意向を重視した結果、設計の細かい部分で適切な意思決定が行われないケースもありました。

しかし、VR映像と組み合わせたアイトラッキング調査で得たデータを空間デザインに反映させると、これまで推測の域を出なかったユーザーの視線の動きが、設計段階で明確に分かるようになります。

たとえば、建物中央の吹き抜けをどのような視線の動きで見るのか、想定どおりに見る対象を変えてくれるのかを調査できます。これにより、看板や案内板は即座に見つけられるか、避難経路に気付きやすいかなど、真にユーザー視点でUI/UXを考慮した設計が可能になります。

行動観察を軸にカスタマージャーニーを作る

UI/UXのUI(ユーザーインターフェース)はユーザーとサービスやプロダクトとの接点を指し、UX(ユーザーエクスペリエンス)はUIで得られるユーザー体験や経験を指します。

Webデザイン業界などで広く浸透しているものの、建築業界ではUI/UXの表記は馴染みがないものです。しかし、ユーザーフレンドリーな設計を追求するという考え方と差異はありません。

空間デザインを行うときは、まずUI/UXを軸に、カスタマージャーニーを作成することから始めましょう。ユーザーが行動する中で、タッチポイントと呼ばれる物や場所に対して起こる感情をグラフ化していき、ユーザー本人が認識していない潜在的な課題・問題点を抽出します。

このカスタマージャーニーマップを作成するためにも、アイトラッキングなどによるUI/UXの定量化が必要です。先にUI/UXをカスタマージャーニーに落とし込み、アイトラッキングで判明した視線の動きなどから課題を浮き彫りにします。同じようなフロアマップの中で、とくに見られている部分・見られていない部分がどこなのか明確化することで、UXの改善につながります。

空間デザインのリサーチにアイトラッキングを取り入れた事例

アイトラッキングについて、よりイメージしやすくするために、ここからは空間デザインのリサーチでアイトラッキングを活用した事例を紹介します。調査対象となったのは、JINSの新規オープンを迎える店舗ではなく、既存店です。

店舗UIの現地調査

まず店舗のターゲット層に該当するペルソナを作成し、現地調査のうえでカスタマージャーニーを完成させます。次にユーザーに店内を移動してもらって経路分析を行うことで、とくに見られている場所すなわち興味関心の高い部分を明確化します。

調査後は得たデータをもとに、ユーザーの視線を集めやすい箇所のディスプレイを目立たせるなど、店舗に合った改善が可能です。

現地調査をもとに店舗改善

現地調査で得たユーザーの経路データを参考に、店舗をどのように改善するかVRモデルで検討します。VRモデルに店舗の改善案を落とし込み、どの部分を残して活かすか、どの部分を大幅に変更するかを考えます。

検討段階で主に用いられる手法がABテストです。VR上で複数種類の店舗モデルを体感しながらABテストを行うことで、ディスプレイの位置など店舗改善の判断材料を得られます。

脳波との併用でアイトラッキングを最大限活用できる

アイトラッキングの活用はユーザー視点の建築設計を容易にしてくれる一方で、「あくまで視線のみ」を抽出するものに過ぎません。極端な話、壁紙のデザインを選ぶときにアイトラッキングから得られるデータが役立つ可能性は低いでしょう。

そこでアイトラッキングの活用の幅を広げるために必要となるのが、脳波分析です。脳波分析は、アイトラッキングだけでは得られない感情の変化を定量化してくれます。

そもそも人が視線を動かすとき、意識的なものと無意識的なものがあるため、必ずしも意識と視覚が一致するとは限りません。視線の追跡に留まってしまうアイトラッキングに脳波分析を加えると、無意識的な視線の動きも含めた分析が可能です。

調査の母数が増えれば、空間デザインに対して特定の感情を抱いたときに、視線がどのように動くのかを分析することもできるようになります。

 アイトラッキング×脳波のリサーチに関心が寄せられている

近年、世界的にアイトラッキングと脳波を組み合わせたリサーチに対する関心が高まりつつあります。スナップチャットで有名な米国のSnapがNextMindの買収を発表したのは、2022年3月のことです。フランスに本社を置くNextMindは、脳波コントロールデバイスを開発するスタートアップ企業として業界に名を轟かせています。

「ブレイン・コンピュータ・インターフェース」と呼ばれる、頭の中の考えを読み取る技術が代表的で、被験者はデバイスを通じて思考のみで文字入力や風景描写が可能です。

フェイスブックで有名なメタも、3~4年ほど前に脳波関連の企業を買収しています。当初はヘッドギア型を想定した開発が進められましたが、現在は研究の長期化が懸念されることから、手首の静脈から脳波を測定するデバイスの開発に路線変更されました。

Snapやメタのように、世界各地でイメージの具現化を図る研究開発は長期的に行われています。ただし、メタが早期実装を見送り開発デバイスの形状を変更したとおり、社会実装はまだ遠い未来の話と考えられます。

一般に普及するまで時間はかかる一方で、各業界ではすでに脳波分析を取り入れた製品開発やサービス提供が行われているのも事実です。ハウスメーカーの例では、天井を茶色に塗った場合と白色に塗った場合をVR映像化し、よりリラックス効果の高いほうを選ぶことに脳波分析が活用されています。

VR技術に脳波分析を組み合わせた事例について、こちらの記事で解説していますので、ぜひご覧ください。

「VR空間の脳波を分析」ユーザーの潜在的な欲求を抽出する脳波分析とは

まとめ

トレンドに左右されない、長期的にユーザーから愛される空間デザインを実現するためには、UI/UXを意識することが重要です。しかし従来のように設計者の経験や知識に頼る方法は、開発者側の主観が無意識に反映されやすく、真の意味でユーザーフレンドリーな空間にはなり得ません。

そこで重要な役割を担うのが、ユーザーの視線を定量化するアイトラッキング調査です。弊社ではアイトラッキングに更に脳波分析を加えた調査などをはじめ、「言語化が困難な部分」の定量化をサポートしております。ご興味をもっていただけた方は、ぜひ一度お問い合わせください。