VRにも使われている「アイトラッキング」の特徴と脳波分析との関連性とは

VRのメリットは、まるでその場に存在するかのような、全方向に展開する映像を手軽に体験できることです。前後左右、上下、斜めなど、視線を動かした先にある映像を現実空間と同様の見え方にするためには、アイトラッキングの技術が欠かせません。 また、アイトラッキングはVR以外の分野においても重宝されています。今回は、VRをはじめ、さまざまな場面で活用されているアイトラッキングについて解説します。

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VRに活用されているアイトラッキング

アイトラッキング(視線計測)とは、ユーザーの視線の動きを捉える技術のことです。VRにおけるアイトラッキングでは、眼球に直接接触しない測定システムをヘッドセットに組み込む必要があるため、「角膜反射法」といわれる技術を使用しています。

この角膜反射法とは赤外線カメラと赤外線LEDライトを使用した測定方法で、角膜上に反射させた赤外線LEDライトを赤外線カメラで撮影し、眼球の動きを推定するものです。

具体的には、以下の手順でアイトラッキングが行われます。

1.角膜上の赤外線LEDの光の反射点と眼球の位置を赤外線カメラで撮影する

2.赤外線LEDの光の反射点を基準点とする

3.基準点からの眼球位置の変動や幾何学的特徴から眼球の動きを推定する 

たとえば瞳孔の位置が基準点よりも左にずれている場合、視線は左を向いていると分かります。向きはもちろん、リアルタイムの測定により眼球の動きを捉えることも可能です。

角膜反射法の他にも、ライトフィールドカメラ(昆虫の複眼のようなマイクロレンズの集合体)を用いて、より立体的なアイトラッキングを行う手法もあります。いずれの手法も、VRにアイトラッキングを組み合わせることで、上下左右、前後などさまざまな角度の映像をシームレスに表示させることができます。

アイトラッキングで得たデータをVR映像に反映させれば、均一的な解像度ではなく、眼球の向きに合わせて視線が向いている部分のみを高解像度の映像に切り替えることも可能です。より高い没入感を得られ、現実世界に近い体験ができます。

アイトラッキングによる計測データの質

アイトラッキングによって得られる計測データの質は、計測方法や使用するアイトラッキング装置の種類により異なります。

たとえば計測用途に応じて視野レンズを取り換えると44°、62°、92°、121°などから視野角を選択できるため、ごく狭い範囲に絞った計測も可能です。

VRの最広視野角は、210°(水平視野)であり、人間の視野角に最も近い範囲での計測に対応しています。

また、シームレスな映像を見せるためには、秒単位で眼球の動きを計測できなければなりません。高精度のデータを得るには、サンプリングレートのHz数がより高いアイトラッカーの使用が必要不可決です。

30Hzより60Hz、60Hzより120Hzというように、サンプリングレートの高い機器を選ぶことをおすすめします。VR機器の中には240Hzの測定速度を誇るアイトラッカーも存在しており、より高精度の計測結果を期待できます。

身近にあるアイトラッキングを活用したサービス

アイトラッキングはVRの他にも、さまざまな製品やサービスで取り入れられています。大手眼鏡メーカーが販売している眼鏡タイプのウェアラブルデバイスは、体の動きや心の動き、それぞれを計測するセンサーが搭載されているのが特徴です。

ここでは、眼鏡タイプのウェアラブルデバイスに活用された事例を紹介します。

体の動きを計測するセンサー

鼻あて部分に搭載したふたつのセンサーには、計6軸のモーションセンサー、眼電位センサーなどが組み込まれています。3軸方向(x、y、z)の加速度センサーや回転速度を計測するジャイロセンサーと連動して、体の動きや姿勢をリアルタイムでデータ化してくれます。

計測データは、あらかじめBluetoothで接続されたスマホに自動送信、蓄積される仕組みです。長時間悪い姿勢や座っている状態が続いたときは、アラートで知らせてくれるため、デスクワークによる体への負担を意識しやすくなります。

ユーザーはアラートとスマホ画面のレポートで姿勢の悪さを視覚的に認識できるうえ、搭載されたエクササイズプログラムで定期的なメンテナンスも可能です。

心の動きを計測するセンサー

鼻あて部分の眼電位センサーは3点式で、ユーザーのまばたきや視点移動を計測することで精神状態を捉える仕組みです。

人間の眼球には、角膜側に正、網膜側に負の角膜網膜電位がそれぞれ存在します。角膜網膜電位は、まばたきや視点移動が行われると変化するのが特徴です。センサーで眼窩周辺の皮膚の電位を計測することにより、「まばたきが多い・少ない」などのデータから精神状態の変化が可視化できます。

たとえば集中力の低下もまばたきや視点移動から判断できるため、Bluetoothで接続したスマホの画面でデータとして見ることができます。アラートを設定しておけば、メンテナンスコンテンツの活用で気持ちの切り替えを図るなど、作業効率向上やリフレッシュするための制度を策定する際に役立てられます。

アイトラッキングが応用されている分野

VRにも活用されているアイトラッキング技術は、さまざまな分野で応用されています。この項目では、以下3つの分野における具体的な活用例を紹介します。

・製品・サービスに対する評価

・技術・スキルの標準化

・人の認知に関する研究

製品・サービスに対する評価

製品・サービスに対する評価の分野では、たとえば以下の事例があげられます。

運転におけるインターフェース評価、車の乗り心地評価

運転時はあらゆる事態を想定して安全に走行するため、ドライバーは周囲を見回しています。また、車外の環境だけでなくスピードメーターやカーナビにも視線を配ります。

そこでアイトラッキングを導入して、運転中に注視しにくいカーナビなどの画面への視線が停留・注視している時間を定量化します。そのデータを用いて運転中に見やすいデザインであるかを評価することが可能です。

ユーザビリティ

ユーザビリティとは、主にアプリやデバイスのUI/UXを評価する指標のひとつです。アイトラッキングでアプリやデバイスを使用中のユーザーの視線をデータ化することで、どのような場面で視線が泳いでいる(困っている・不便に感じている)のかを可視化できます。

プロダクトデザイン

プロダクトデザインの評価は、製品そのもののデザインに使いづらさがないか検証するものです。たとえばユーザーが設計者の想定外の操作をする理由がボタンの位置にあるのか、その他の操作性の問題なのかが分かれば、改善に役立ちます。

アイトラッキングを活用すると、製品利用時のユーザーの視線の動きや停留・注視している場所、時間などが分かり、重点的に改善すべきポイントの洗い出しにつながります。

都市開発

都市開発においてアイトラッキングが活用されているのは、主に景観と避難経路の評価です。街中のどこに人の視線が集まるのか、緊急時でも迅速に動ける看板デザインや動線になっているかを評価し、都市開発に反映することで、住みよい街づくりが実現します。

技術・スキルの標準化

技術やスキルを標準化するために、以下のような場面でアイトラッキングが活用されています。

選手、指導者、審判の視線

アスリートの視線を計測することでプレー中の判断にヒントを得られます。体操やフィギュアスケートなどの採点が行われる競技において入賞など実績を残すためには、審判の視線が選手のどこを見たうえで評価しているのか知ることが大切です。

アイトラッキングで審判の視線を分析することにより、指導者がどこに力を入れて指導するべきか、選手のどこを改善するべきかが定量的に判断できると考えられます。

作業の定量化、技能伝承、作業マニュアル化

効率的に業務を進めるためには、作業の流れを理解したうえでマニュアルを用意する必要があります。

アイトラッキングで従業員の視線の動きや疲労度など作業内容を定量化できれば、作業の流れや人員配置の基準になると考えられます。また、ベテラン社員の視線の動きも含めた指導により、技術伝承の精度も向上が期待できます。

ベテラン看護師・名医のアーカイブ

ベテラン看護師や名医の動きは、言語化できない部分も少なくありません。そのため若手の教育・指導に時間を要するケースもあります。

アイトラッキングで視線の動きなども含めて作業内容を定量化することで、言語化が困難な手術の技術伝承が容易になることが期待されます。

人の認知に関する研究

認知に対する研究にアイトラッキングが活用されるのは、たとえば以下の場面です。

バリアフリー

アイトラッキングを用いるとユーザーが歩行時にどこを見ているのか、障害物は視界に入っているのかなどを数値化できるため、バリアフリーデザインの設計・改善に役立ちます。

モーションキャプチャーなど、他の計測機器と併用して研究が行われることも少なくありません。

運転者の特性

運転者の走行時やアイドリング中の様子を、アイトラッキングで計測します。たとえば歩行者を認識するときの視線の動きやタイミングなどを定量化します。

脳波や心拍などの生態信号を同時に計測して、多角的にドライバーの集中度や覚醒度も含めた評価を行うこともあります。

アイトラッキングに脳波分析を掛け合わせる意義

※模式図を挿入

アイトラッキングと脳波分析を並行して計測する意義は、セレンディピティにあります。セレンディピティとは、自分自身が想像しなかったことが起こったり、予期せぬ発見が生まれたりすることです。 

運転中に「木の陰に赤信号が隠れていた」場合と「犬が飛び出してくる」状況だと、どちらがセレンディピティは高いかABテストした実験があります。

Aの被験者はアイトラッキングのみを使用。Bの被験者は脳波測定の機能を備えたアイトラッキングを使用。

Aの被験者が対象を見たとき『視線の動きや動かすタイミング』の測定しかできません。対象を発見した時点で視線の動きを捉えることはできますが「驚き」や「発見」の感情は被験者の主観的な意見に依存します。

しかし、ここにBの脳波分析を加えることで、「犬を見たときのほうが驚いていた」といった客観的な評価を得られます。無意識にインパクトを感じたものや驚いたものを定量的に可視化できるのです。

ビジネスにおいて、意図的にセレンディピティを検出できる環境を整えることが、より精度の高い評価を実現し、ひいてはユーザビリティ構築、製品やサービスの質向上につながります。

今後は研究や開発分野だけではなく、ビジネスシーンにおける新たなアプローチ方法の発見などマーケティング領域などにも活用されていくと考えられます。

まとめ

VRは、映像によるリアルに近い体験の提供だけではなく、アイトラッキングに脳波分析を掛け合わせた、ユーザー体験の調査も可能です。視線の動きだけでは分析しきれないユーザーの心の動きを、脳波分析で数値として可視化することは、よりユーザー目線に近づいた製品の開発やサービスの提供につながります。

製品やサービスの「言語化は難しいが、なんとなく使いづらい」と感じる部分を改善する策として、アイトラッキングおよび脳波分析の活用を検討してみてはいかがでしょうか。